経営事項審査(経審)の総合評定値(P点)を向上させるためには、日々の会計処理や決算時の会計処理が決定的に重要です。経審の点数は、公共工事の受注機会を増やし、企業の信用力を高めるための重要な要素となります。本記事では、建設業を営む社長や経理担当者に向けて、加点に直結する具体的な会計処理の考え方と実行すべき対策を解説します。
自己資本・負債抵抗力を高める会計処理
経審の財務状況を評価するX2(財務体質)において、自己資本の充実度と負債抵抗力は特に重要な評価項目です。この評価を上げるための会計処理は、P点への影響が大きいため最優先で取り組む必要があります。ここでは、自己資本を増やし、負債に関する評価を改善するための実務的な処理方法を具体的に解説します。
欠損を解消し利益剰余金を積み増す処理
経審の加点を確実にするためには、まず自己資本の増強が不可欠です。自己資本を増やす具体的な方法の一つは、繰越利益欠損金を解消し、利益剰余金を積み増す処理を実行することです。この処理により、貸借対照表の純資産の部が増加し、自己資本比率の改善に直結します。
たとえば、株主総会での利益処分を通じて、当期純利益を利益準備金や任意積立金に振り替える処理を実行します。単に利益を計上するだけでなく、適切な利益処分を毎年行うことで、企業に残る内部留保を増やし、自己資本の基盤を強固にできます。この会計処理によって、経審における自己資本額が評価され、P点の加点に繋がります。
純支払利息負担額を抑える負債管理
負債抵抗力の評価指標である純支払利息負担額を抑えることも、経審の加点には欠かせません。この指標は、(支払利息)-(受取利息および割引料)で算出されるため、支払利息の削減が直接的な対策になります。支払利息を抑えるための具体的な負債管理を実行することが、負債抵抗力の向上に繋がります。
具体的には、金利の高い借入金を金利の低いものに借り換えることや、キャッシュフローに余裕がある場合に繰上返済を実行することが効果的です。また、金融機関へ支払う費用の中には、経審上「支払利息」として扱われない費用が含まれることがあります。これらの費用を適切に区別して計上することで、純支払利息負担額を会計帳簿上で適正に抑え、経審の評価項目における負債抵抗力の改善を実現できます。
資金調達方法の選択が与える影響
自己資本を高めるための対策として、資金調達の形式を工夫することも重要です。企業が新たに資金を調達する際、それが負債となる銀行借入なのか、それとも自己資本となる増資なのかで、経審への影響は大きく変わります。P点の加点を優先するならば、新株発行による資本金や資本剰余金の増加を検討すべきです。
たとえば、新たな設備投資を行う際に、長期借入を選択するのではなく、株主割当増資や第三者割当増資による自己資本の増強を選択します。増資によって得られた資金は、貸借対照表の純資産の部に計上され、総資本に占める自己資本の比率を向上させます。この結果、自己資本比率が改善し、財務体質の評価(X2)において高い加点を獲得できます。
社内資金の管理と運用に関する会計処理
企業の流動性と健全性を示す指標の一つとして、現預金の状況も重要です。運転資金として保有する現預金の残高や短期的な資金運用も、間接的に経審の評価に影響を与えます。加点に繋がる会計処理の観点から、無駄な費用計上を避け、適切な利益を確保するための社内資金の管理が求められます。
例えば、使途が不明確な勘定科目での費用計上を避け、建設事業に必要な経費であることを明確に証明できるように証憑の管理を徹底します。また、短期的な余裕資金を低リスクの有価証券で運用する場合、その評価方法や売却損益の計上が当期純利益に与える影響を検討します。利益を適切に確保し、企業の現預金残高を健全に保つことで、経審の各種評価項目が安定的に推移し、P点の安定的な維持に繋がります。
収益性・財務体質を改善する会計処理
経審の**「経営状況(Y点)」**の評価は、企業の収益性、流動性、健全性といった財務体質全体を多角的に分析します。このY点の改善は、結果としてP点の底上げに繋がるため、日々の収益計上や特定の勘定科目の処理を工夫する必要があります。ここでは、企業の収益力と財務体質を正しく評価してもらうための具体的な会計処理を解説します。
工事進行基準と完成基準の選択検討
建設業における完成工事高(売上高)の計上方法の選択は、収益性の評価に大きく影響します。工事進行基準と完成基準のどちらを選択するかは、企業の決算期と工事の進捗状況によって、評価対象期間の利益額を最大化する点で重要です。収益の計上時期を調整することは、経審の完成工事高と当期純利益の評価を高めることに直結します。
例えば、工期が長期にわたる工事が多く、毎期の収益を安定させたい場合には工事進行基準の採用を検討します。工事進行基準を適用する場合には、工事原価の進捗度を正確に測定するための厳密な管理体制が必要です。一方、短期の工事が主体であり、決算期末に利益を集中させやすい場合は工事完成基準が適しています。企業の実態に合わせた会計方針の選択と適用は、収益性の評価を最適化し、P点の向上に繋がります。
経審上で評価される引当金・資産の計上
経審において、企業の財務の健全性を示す特定の引当金や資産の計上は、自己資本比率や純利益の評価に影響します。特に、繰延税金資産のように、税法上の繰り延べ処理が経審上は自己資本として評価される科目があります。これらの勘定科目を適正に計上することは、企業の財務体質を正しく示すために重要です。
具体的な例として、退職給付引当金や貸倒引当金の計上額の適正化が挙げられます。また、繰延税金資産については、将来の課税所得が見込める場合に限り計上できるため、事業計画の確実性を前提として計上を検討します。これらの引当金や資産を正しく計上することで、経審の評価項目において自己資本比率や有利子負債額などが改善し、企業の財務体質を高く評価される結果に繋がります。
減価償却方法の選択と資産計上の見直し
固定資産に関する会計処理、特に減価償却の方法や資産の計上は、毎年の損益計算と貸借対照表の資産額に影響を与えます。減価償却費は費用として計上されるため、その額が当期純利益に直接影響し、経審の収益性の評価を左右します。加点に繋げるためには、企業の利益計画に応じた償却方法の選択が求められます。
具体的には、初年度の利益を大きく確保したい場合は、定額法のように償却費が平準化される方法を選択することが考えられます。逆に、将来の利益確保を見越して初期に費用を集中させたい場合は定率法を選択します。また、少額減価償却資産の即時費用化の特例を適用する際も、経審における資産額の評価と費用計上のバランスを考慮した判断が必要です。適切な資産計上と償却処理は、経審の収益性の評価を最適化し、P点の向上に寄与します。
棚卸資産の評価と在庫管理の適正化
棚卸資産(資材、未成工事支出金など)の評価方法や在庫の管理は、完成工事原価と当期純利益に影響し、経審の収益性を評価する上で重要です。期末の棚卸資産評価額が高ければ完成工事原価が減少し、結果として利益が増加します。適切な評価方法の選択と、実地棚卸による在庫の正確な把握が求められます。
たとえば、棚卸資産の評価方法として、個別法や先入先出法、移動平均法など、企業の実態に最も合致し、最も利益を適正に計上できる方法を選択します。また、長期滞留在庫や品質が低下した資材については、時価による評価減や廃棄損の計上をためらわず行います。これにより、企業の真の収益性が経審の評価に正しく反映され、財務の健全性を示すことに繋がります。
加点を目指すための会計処理上の注意点
経審の加点を目指すための会計処理は、税法上のルールとは異なる部分があるため、細心の注意が必要です。特に、評価対象の制限や会計方針の一貫性に関するルールを理解していないと、せっかく実行した加点対策が無効になったり、逆に評価を下げる原因になったりします。ここでは、加点に繋がる会計処理を行う際に、社長や担当者が特に注意すべき例外的な事項を解説します。
税法上の処理と経審上の評価の相違点
税法と経審では、財務諸表項目の評価基準が異なる場合があるため、税務上の処理が必ずしも経審の加点に繋がるとは限りません。この評価の相違点を理解し、経審のルールに合わせた処理を行うことが、加点対策の成否を分けます。経審の評価は、あくまで建設業の健全性を測るために設計されています。
たとえば、特定勘定科目の評価対象外や利益処分の取扱いなどが挙げられます。税務上認められる特定の準備金や引当金の中には、経審上では自己資本として認められないものが存在します。これらの科目を処理する際には、経審上の評価ルールを事前に確認し、評価対象となる勘定科目で処理を実行することが必要です。この相違点を認識し、経審対応の別表を作成するなどの対策が加点を確実にします。
加点に繋がる会計方針の継続と変更の注意
経審の評価は、単年度の数字だけでなく、企業の継続性と会計処理の一貫性を重視します。加点を目指して安易に会計方針を変更することは、かえって企業の信頼性を低下させ、評価に悪影響を及ぼす可能性があります。一度採用した加点に繋がる会計処理の方針は、継続的に適用することが極めて重要です。
たとえば、完成工事高の計上基準や特定の引当金の繰入方法を毎期のように変更することは、会計の一貫性を欠くと判断されるリスクがあります。もしやむを得ず会計方針を変更する場合には、その理由を明確にし、経審申請時の注記などで適切に説明する必要があります。安定した会計方針の継続こそが、経審の評価における信頼性を高め、長期的な加点を可能にする基盤となります。